Ⅱ難治性下痢症診断アルゴリズムの解説:
アルゴリズムに含まれる疾患の解説
8自己免疫性腸症・IPEX症候群
1)概念・定義
Unsworthら1)は難治性下痢症を構成する疾患のうち,小腸生検組織で絨毛萎縮があり,食餌療法に反応せず,抗腸管上皮細胞抗体を認め,明らかな免疫不全症がないものを自己免疫性腸症と定義した.多くは乳児期に慢性難治性の浸透圧性下痢として発症するが,成人発症例の報告もある.自己免疫性腸症の表現型には腸管のみが障害されるものから,内分泌系,腎臓,肺,肝臓,血液系,筋骨格系を含む多臓器が障害されるものまで幅がある.原因となる遺伝子変異を含む病態解明が進められており,自己免疫性腸症には現在以下の4つの病型が含まれると考えられている.
①消化管のみが障害され男女双方に発症する,抗腸管細胞抗体が陽性のもの
②男児にのみ発症する多腺性内分泌不全症,腸疾患を伴うX連鎖劣性免疫調節異常であるIPEX(immunodysregulation, polyendocrinopathy, enteropathy, X-linked)症候群
③男女双方で発症がみられるIPEX様症候群
④皮膚粘膜カンジダ症,副甲状腺機能低下症,副腎不全を三徴とするAPECED(autoimmune polyendocrinopathy-candidiasis-ectodermal syndrome)症候群
2)疫学
発生頻度は1/100,000出生以下と推定されている.
3)病態
詳細な発症機序は不明であるが,自己免疫機序による腸管やその他の臓器への障害が病態に深く関与していると考えられている.制御性T細胞は免疫系において自己免疫寛容の維持に重要な役割を担っているが,IPEX症候群の原因遺伝子であるFOXP3遺伝子はこの制御性T細胞の機能・分化調節を行っている.FOXP3遺伝子変異により免疫寛容の破綻が起こり,消化管を含む多臓器が障害されIPEX症候群が発症すると考えられている.APECED症候群の原因遺伝子であるAIRE遺伝子も胸腺細胞の分化・選択を調節しており,免疫寛容の成立に深く関与していると考えられている.
4)症状
通常,乳児期に慢性の分泌性下痢として発症し,食餌制限に反応せず吸収不良をきたし経静脈栄養を必要とする.IPEX症候群では難治性下痢,1型糖尿病,湿疹の三徴以外にも,甲状腺機能低下/亢進症,自己免疫性肝炎,禿瘡,結節性類天疱瘡,乾癬様皮膚炎,自己免疫性溶血性貧血,好中球減少症,血小板減少症,糸球体腎炎,尿細管障害,痙攣,発達遅滞,易感染性などがみられることがある.APECED症候群は自己免疫性多内分泌腺症候群(autoimmune polyglandular syndrome)1型ともよばれ,皮膚粘膜カンジダ症,副甲状腺機能低下症,副腎不全を三徴とするが,消化管も障害される場合があり,難治性下痢による吸収不良症候群や慢性萎縮性胃炎を呈する.
5)検査
一般検査では低蛋白血症や電解質異常などに加えて,好酸球増多やIgEの上昇を認めることがある.リンパ球分画(BおよびTリンパ球)は正常であり,リンパ球幼弱化試験でも異常を認めないことが多い.患者血清中の抗腸管細胞抗体(正常腸管と患者血清を用いて検出),抗AIE-75抗体,抗villin抗体が多くの場合で陽性となる.消化管症状を呈するAPECED症候群では抗TPH(tryptophan hydroxylase)抗体が陽性となることがある.小腸生検組織では絨毛の萎縮,陰窩のリンパ球浸潤,アポトーシス小体の増加,上皮内のリンパ球浸潤がみられる.FOXP3遺伝子変異が同定されればIPEX症候群の,AIRE遺伝子変異が同定されればAPECED症候群の診断が確定する.
6)治療・予後
IPEX症候群では多くの場合静脈栄養による水分・電解質・栄養管理が必要となる.ステロイドやタクロリムス,シクロスポリンA,ラパマイシンなどの免疫抑制薬により消化管症状の一部改善を認めることがあるが,寛解には至らないことも多く,副作用も問題となる.IPEX症候群に対する根治的治療法として造血幹細胞移植が行われており,骨髄非破壊的前処置の有効性を示した報告が多い.APECED症候群に関しては栄養管理や各種ホルモン補充といった対症療法が中心となる.IPEX症候群においては,治療が行われない場合の予後は不良である.これ以外の自己免疫性腸症の報告例は限られており,予後に関しても不明である.
文献
1)Unsworth DJ, Walker-Smith JA: Autoimmunity in diarrhoeal disease. J Pediatr Gastroenterol Nutr 1985; 4: 375-380.
参考文献
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