難治性下痢症診断アルゴリズム簡易版
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①「乳幼児の2週間以上続く下痢」の診断アルゴリズムと特発性難治性下痢症の定義
下痢とは,それぞれの月齢・年齢において“標準より,あるいはいつもより便中の水分が多くなった状態”として表される.下痢は腹痛などの症状や栄養障害などをもたらすことがあり,特に幼小児期の遷延する下痢は成長発育を損なわせることにつながる.したがって,下痢の原因を病態別に把握してその背景にある疾患を鑑別することは重要である.
ここでは,おおむね6歳ごろまでの乳幼児における2週間以上続く下痢を難治性下痢として,その背景疾患を鑑別するための診断アルゴリズムを作成した.さらに,詳細版ではアルゴリズムに入らないいくつかの疾患に含めて鑑別の対象とし,これらのいずれにも該当しないものを「特発性難治性下痢症」とした.
以下に,乳幼児において2週間以上続く下痢の診断アルゴリズムを構成する各項目の解説を述べる.
②病原体検査において病原体が検出される場合
細菌,ウイルス,寄生虫などの感染を契機とした下痢があてはまる.通常これらは急性の経過をとり,免疫学的機構や解剖学的構造に問題がない場合は,自然に排除されて治癒するか,抗菌薬の投与により治癒させることが可能である.しかし,腸炎後症候群や免疫不全状態などにある場合には2週間以上にわたって下痢が遷延したり,感染性腸炎による下痢が反復したりする.
また,腸閉塞,腸管の術後などによる腸管の通過障害は小腸内における細菌の異常増殖(bacterial overgrowth)を促し,その際に産生される毒素によって下痢を遷延させることがある.
③bacterial overgrowthをきたす背景疾患
腸閉塞やblind loopなどの腸管バイパス手術,術後の癒着,先天性の解剖学的異常(Hirschsprung病やHirschsprung病類縁疾患などの腸管蠕動不全や短腸症候群など)による腸管の通過障害は,小腸内における細菌の異常増殖(small intestinal bacterial overgrowth:SIBO)をもたらす.腸管内の栄養素を分解した腸内細菌が産生するガスや毒素は腸管上皮細胞を損傷し下痢を引き起こす.また,増殖した細菌が腸管粘膜から血中に移行すると菌血症やカテーテル感染症の原因となる(bacterial translocation).
通常,腸液1 mLあたりの細菌数は大腸では109個,小腸では104個とされる.一方,SIBOでは十二指腸-空腸腸液1 mLあたりの細菌数が105個以上まで増加する.また同部位から検出される細菌も大腸内にいる腸内細菌へと変化する.
④血便・粘血便・便潜血反応が陽性の下痢
感染性腸炎と裂肛などの肛門病変が除外された血便(粘血便含む)では,腸管粘膜の損傷を伴う病変が大腸の一部もしくは全大腸にみられることが一般的であり,その原因には炎症性腸疾患や原発性免疫不全症,大腸ポリープなどが考えられる.このような症例の確定診断には内視鏡検査と粘膜病理組織検査が必要となることがほとんどである.
食物の除去によって血便や水様下痢が改善する場合には,食物蛋白誘発性腸症や好酸球性腸症などを疑う.
⑤絶食で止まらない水様下痢
便中に原因となる病原体が検出されず,血便,便潜血がなく,食物除去によっても改善しない水様下痢の場合には,一定の絶食期間をとって病態・疾患の鑑別を行う.
絶食によって便性が改善しない場合には,腸管内への腸液の過剰分泌や再吸収障害によって生じる分泌性下痢を考慮する.分泌性下痢の原因にはNaイオンなどの輸送体の異常や,それらの輸送体を制御するホルモン分泌の異常などがあげられる.
分泌性下痢を証明するためには便中電解質測定と便浸透圧検査が有用である.便中のNaイオン濃度とKイオン濃度を足して2倍した値が便浸透圧値に近い場合には,下痢中に塩類電解質が多く存在する分泌性下痢を考える.
⑥絶食で止まる水様下痢
十分な経静脈補液による管理下にいったん絶食期間をとることによって下痢症状が改善する場合には,小腸における消化吸収に問題があり,吸収されなかった物質が大腸に入って浸透圧負荷となることで水様下痢が生じる浸透圧性下痢の存在が疑われる.浸透圧性下痢の多くは糖質の吸収障害を基本病態としており,小腸内の酵素の異常や単糖類の輸送障害が原因となる.
血清浸透圧(280~290 mOsm/L)を超える便浸透圧の存在は浸透圧性下痢の証明となる.また,小腸で吸収されなかった糖質が大腸内に入ると,腸内細菌による発酵が起こり,ガスを産生して便のpHを低下させる.酸臭があり,便pHが5.5を下回る場合には吸収されなかった糖質の発酵が示唆される.
⑦脂肪便
脂肪便とは,脂肪が吸収されず便中に過剰な脂肪が存在している状態である.比重が低く水に浮き,脂っぽい外観で,悪臭をきたす.健常な人でも過剰に脂質を摂取した際には脂肪便を呈するため,脂肪便を認めたとしてもすべてが病的であるとはいえない.そのため,体重増加や検査所見などを総合して病的な脂肪便かを判断することが望ましい.その他の脂肪便の原因には,脂質の分解障害(胆汁の不足や膵外分泌能低下),腸管粘膜の障害などがあげられる.
便中の脂肪量を直接定量する化学的定量法や便中の脂肪滴を鏡検で観察する便Sudan III染色法によって脂肪便の証明が可能である.また,脂肪便の原因検索には血清学的検査や消化吸収検査などを要する.