Ⅲ難治性下痢症診断アルゴリズムの解説:
アルゴリズムに含まれていない疾患の解説
5エンテロキナーゼ欠損症
1)概念・定義
本症は1969年Hadornら1)により最初に報告された.エンテロキナーゼは十二指腸,空腸粘膜に存在し,トリプシノゲンを活性化してトリプシンにする働きがある.エンテロキナーゼが先天的に欠損することにより,蛋白質分解活性の完全な欠損をきたす.
2)疫学
発生頻度は不明であり,極少数の報告が存在する.同胞内発生があり遺伝形式は常染色体劣性遺伝と推測されている.2002年,本症家系においてHolzingerら2)によりPRSS7遺伝子変異が証明された.本症の報告は極めて少ない.
3)病因
先天的なエンテロキナーゼのみの選択的な欠損によりトリプシノゲンからトリプシンへの活性化が起こらないため,トリプシノーゲン欠損症と同様に摂取蛋白の分解および吸収が障害される.十二指腸液におけるトリプシン作用が失われるが,リパーゼ,アミラーゼは正常である.
4)症状
蛋白の分解および吸収が障害されることにより,生後まもなくより重度の下痢を認め,重篤な低蛋白血症となり,浮腫,貧血,成長障害をきたす.
5)治療・予後
蛋白分解酵素の投与,またエンテロキナーゼが含まれている消化酵素配合薬が効果的である.治療に対する反応性はよく,予後は良好である.
6)診断方法
①主要症状
・乳児期の下痢と体重増加不良②検査所見
1.十二指腸液にエンテロキナーゼ,トリプシン,キモトリプシンの活性を認めない.リパーゼ,アミラーゼ活性は正常である.しかし,in vitroでエンテロキナーゼを添加するとトリプシン活性が認められる.
2.小腸粘膜生検で小腸上皮にエンテロキナーゼ活性を認めない.
3.PRSS7遺伝子検査による変異検出する.
※①に該当し,さらに②の1があり,2または3に該当する場合を本症とする.
(補足)エンテロキナーゼは十二指腸,空腸粘膜に存在し,トリプシノゲンを活性化してトリプシンにする働きがある.したがってエンテロキナーゼ欠損症では,トリプシノゲンからトリプシンへの活性化が起こらない.
文献
1)Hadorn B, Tarlow MJ, Lloyd JK, et al.: Intestinal enterokinase deficiency. Lancet 1969; 1: 812-813.
2)Holzinger A, Maier EM, Bück C, et al.: Mutations in the proenteropeptidase gene are the molecular cause of congenital enteropeptidase deficiency. Am J Hum Genet 2002; 70: 20-25.