難治性下痢症診断の手引き
-小児難治性下痢症診断アルゴリズムとその解説-

お問い合わせ
※医療従事者のみ

難治性下痢症診断アルゴリズムの解説

脂肪便

1)病態

 脂肪便とは,脂肪が吸収されず便中に過剰な脂肪が存在している状態である.食事として摂取された脂質は,十二指腸で胆汁酸と膵リパーゼの作用により分解され小腸粘膜から吸収されるが,糞便中に中性脂肪,遊離脂肪酸,脂肪酸塩などが検出されることがあり,この状態を臨床医学的に「脂肪便」とよぶ.便には過剰な脂肪を含むため,比重が低く水に浮き,脂っぽい外観で,悪臭をきたす.肛門からの脂肪成分の漏出や,ときに便漏れも起こすことがある.健常人でも過剰に脂質を摂取した際には脂肪便を呈するため,脂肪便を認めたとしてもすべてが病的であるとはいえない場合もある.体重増加や検査所見などを総合して判断することが望ましい.脂肪便の原因は,脂質の過剰摂取,脂質を分解する酵素である胆汁の不足や膵外分泌能低下,脂質を吸収するための腸管粘膜の障害などがあげられる.

2)検査法

 三大栄養素のうち,脂質は重要なカロリー源であるとともに最も消化吸収障害を受けやすい.本検査は消化吸収障害を生じる膵疾患,肝胆道疾患,小腸粘膜病変を伴う疾患のスクリーニングとして有用で,保険適用もある.便中脂肪検査が陽性の場合,消化吸収不良の存在が示唆される.しかし,所見が消化異常と吸収異常のどちらに起因するかを鑑別するのは不可能である.したがって,原因疾患の鑑別のためには臨床症状(下痢,体重増加不良)や他の検査結果(血清学的検査や他の消化吸収検査など)から総合的に評価する.

①化学的定量法(van de Kamer法など)

 糞便中の脂肪をアルカリ滴定(van de Kamer法),あるいは塩酸・エーテルで抽出し脂肪量を直接定量する.健常成人における1日の便中脂肪排泄は6 g未満で,それは1日の脂肪摂取量が100~125 gの場合でも維持される.したがって,1日あたり6 g以上の脂肪排泄があれば成人では脂肪吸収障害と考える.小児の脂肪排泄量も成人に準拠すると考えられるが,乳幼児では吸収障害が存在しない場合でも便への脂肪排泄が多いことに注意しなければならない.1日の排便量は食事量などで変動するため,変動を最小限にするためには3~5日間の測定量の平均値を用いることが推奨される.検査前の過剰な脂肪摂取(1日140 g以上)は偽陽性を惹起するため,食事メニューは標準的,かつ月齢あるいは年齢相応のものを検査3日前から摂食させ検査に備えることが肝要である.また,近年のダイエットブームで普及しつつある吸収されにくい食用油を用いて調理された食品を摂食することも,偽陽性の原因となりうるため注意が必要である.逆に,脂肪制限食や脂肪制限乳を摂取中,および絶食中の患児で検査を行った場合,便中脂肪が減少するため偽陰性を呈する可能性がある.

②便Sudan III染色

 便中の脂肪滴を鏡検で直接観察する手法である.スライドグラス上の便にSudan III液を数滴加え加温染色し,倍率100の視野で検鏡する.健常児でも1視野に数個の脂肪滴を認めることがあるが,鏡検上,1視野に比較的大きめの10個以上の脂肪滴を認めた場合,検査陽性とする.本検査法は前出の化学的定量法と異なり,数日間のデータを平均化することが不要で,ワンポイントでの評価が可能な簡便法であるため,現行の臨床現場では定量法よりも頻用されている検査法である.検査実施にあたっての準備および注意事項は前出の化学的定量法と同様で,検査前の食事内容や脂肪含有量に注意し,3日ほど一定の食事内容とした後に検査することが望ましい.

3)鑑別疾患

①便浸透圧ギャップ

 脂肪便は,健常人でも脂肪の過剰摂取で陽性となるが,脂肪の消化吸収障害によって陽性となる病態を示す.脂質を分解する酵素である胆汁の不足や膵外分泌能低下,脂質を吸収するための腸管粘膜の障害などがあげられる.

①腸管粘膜の異常による疾患

・炎症性腸疾患,セリアック病,先天性脂肪吸収障害などによる吸収不良

・細菌異常増殖

・短腸症候群(short bowel syndrome)

・blind loop症候群:Billroth-II法による胃切除を行うと,盲端部に細菌が増殖して胆汁酸が奪われてしまい,胆汁酸による脂肪のミセル化ができなくなることにより消化吸収能が低下して脂肪便となる.

②膵臓の外分泌障害による疾患

・膵外分泌機能不全

・膵炎

・Zollinger-Ellison症候群

・囊胞性線維症

 膵臓の外分泌機能が低下している疾患(たとえば慢性膵炎,膵癌,膵結石など)において膵リパーゼの分泌の低下がみられ,中性脂肪の消化が不良になり,脂肪が便中に認められる.ただし,リパーゼは膵臓だけでなく,腸液にも存在するので,膵臓の機能が低下してもある程度の脂肪は吸収可能である.

③胆汁分泌障害による疾患

 総胆管結石や腫瘍など.胆管の閉塞により胆汁が分泌されない病態である.腸管内の胆汁酸が減少すると脂肪の消化や吸収能力が低下する.

④その他

・ランブル鞭毛虫症:腸管への吸着による蠕動運動や消化吸収の阻害,消化酵素の分泌障害,胆管炎などが原因としてあげられているが,詳細は不明である.これらの要因が重複して下痢を引き起こすと考えられる.

・オルリスタット(orlistat)などの痩せ薬の乱用