難治性下痢症診断の手引き
-小児難治性下痢症診断アルゴリズムとその解説-

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難治性下痢症診断アルゴリズムの解説

絶食で止まる水様下痢

 便中に原因となる病原体が検出されず,血便,便潜血がなく,便性が水様を呈する場合,十分な経静脈補液による管理下にいったん絶食期間をとることによって下痢症状が改善する場合,以下の病態および疾患が考えられる.

1)病態

 絶食によって明らかに便性が改善する場合には,小腸における消化吸収に問題があり,吸収されなかった物質が大腸に入って浸透圧負荷となることで水様下痢が生じると考えられる.血清浸透圧は280~290 mOsm/Lであり,大腸内の水分の浸透圧がこれより高くなると,腸上皮を介して血管から大腸内へ水が移動する.これが「浸透圧性下痢」の基本病態である.
 この場合,電解質や糖質,アミノ酸などが浸透圧負荷をもたらす溶質となるが,未消化な食材や不溶性食物繊維など便中の大きな構成成分は浸透圧負荷を生じない.たとえば,米粒やトウモロコシ粒が未消化のまま小腸を通過しても下痢の原因にはならないが,でんぷんが消化されてできるマルトースが小腸で吸収されずに大腸に到達すると,それが浸透圧負荷となって水様下痢の原因となる.
 絶食で改善する下痢には,糖質の吸収障害を基本病態とする疾患が含まれる.ヒトが日常的に摂取する糖質には多くの種類があるが,すべての糖質は消化酵素の働きを受けて最終的に単糖類(グルコース,フルクトース,ガラクトース)となって小腸上皮から吸収される.それらの吸収障害の病態は,①小腸上皮の刷子縁酵素の異常と,②単糖類の輸送障害,に分けられ,それぞれ以下に述べる疾患がある(トリプシノーゲン欠損症やエンテロキナーゼ欠損症は蛋白の消化吸収障害による下痢と低タンパク血症をきたすが浮腫や成長障害を主徴候とし,それらは絶食によって改善することはない.また経口摂取した電解質や特定のアミノ酸のみが吸収できないことを基本病態とする疾患はないと考えられる).

2)検査法

①便浸透圧ギャップ

 水様下痢の“実測浸透圧”と“電解質による浸透圧”の差を便の“浸透圧ギャップ”とよぶ.これを求めるためには,便上清を検体として,Na,K濃度(mEq/L)および浸透圧を測定する必要がある(これらの検査は,遠心分離して上清が取れる程度の液状便であれば測定が可能であるが,分離困難な泥状便や軟便では測定できない.また,そのような便で測定することの意義は乏しい).br />  “電解質による浸透圧”とは,水様下痢に含まれるNaClとKを主な浸透圧構成溶質と仮定して(糖やアミノ酸など塩類電解質以外の溶質は含まれていないと仮定して),[電解質浸透圧(mOsm/L)=2×(Na+K)]で計算する.これと実際の便浸透圧との差が“便浸透圧ギャップ:ΔOsm”であり,ギャップが大きければ(ΔOsm≧100 mOsm/L),便中に電解質以外の溶質(小腸での吸収を免れた糖やアミノ酸)が多量に含まれていること(消化吸収不全に伴う浸透圧性下痢)を意味する.一方,ギャップが小さければ(ΔOsm≦50 mOsm/L),便中に多量に電解質が分泌されていること(腸上皮細胞からの分泌性下痢)を意味する.br />  これを簡略化して下記のような評価も用いられる.

・実測浸透圧>2×(Na+K)であれば「浸透圧性下痢」

・実測浸透圧≒2×(Na+K)であれば「分泌性下痢」

②便pHと便中還元糖

 小腸で吸収されなかった糖質が大腸内に入ると,腸内細菌による発酵が起こり,ガスの産生と便pHが低下して酸臭の原因となる.通常,便pHが5.5を下回ると糖質の発酵が示唆される.かつては,便中の還元糖(グルコースやフルクトース)を判定量的に検出する検査法として“便クリニテスト”が行われたが,検査用試薬である便クリニ錠が製造中止となったため検査法として使用できなくなった.

③経口糖質負荷試験

 通常,単糖(グルコース,フルクトース,ガラクトース)は2 g/kg,二糖類(ラクトース,スクロース,マルトース,ラクツロース)は1 g/kgの負荷量を目安とする.100~200 mLの水に溶解した各種糖質を経口摂取させた後,下記の項目を記録する.

・症状:下痢,腹部膨満,腹鳴,腹痛などの症状発現の有無とそれらの発現時間を記録する.

・血糖値:30分ごとに120~180分間にわたって測定する.グルコース,ラクトース,スクロース,マルトースの負荷で,血糖上昇幅が20 mg/dL未満であれば,それぞれの吸収不全を疑う.ガラクトース,フルクトース負荷ではグルコースに比して血糖上昇が高くならないため,血糖値の変動による評価は必ずしも適切ではない.

・水素呼気試験が施行可能な場合は,15分ごとに呼気を採取して呼気中のH2ガス濃度を測定する.糖質負荷による呼気中H2ガス濃度の上昇幅が20 ppm以上であれば,それぞれの吸収不全を疑う.

3)鑑別疾患

①トランスポーター異常症

・先天性クロール下痢症(congenital chloride diarrhea:CCD)

・先天性ナトリウム下痢症(congenital sodium diarrhea)

②消化管ホルモン産生腫瘍

・VIP産生腫瘍(VIPoma)

・ガストリン産生腫瘍(gastrinoma)

・カルチノイド腫瘍(cartinoid tumor)

③胆汁酸性下痢症

④微絨毛封入体病(microvillus inclusion disease)

4)(補足)D-キシロース吸収試験(D-xylose absorption test)

 D-キシロースは正常人の血中には存在しない五炭糖で,小腸内で分解されることなく主に十二指腸と近位空腸で約2/3が受動拡散により吸収される.したがって,D-キシロースの吸収は小腸粘膜面積の大きさと比例し,D-キシロース吸収試験は上部小腸の実効吸収面積の評価が可能な試験である.成人を対象とした原法は,蓄尿により尿中排泄率を算出するものだが,小児では正確な蓄尿が必ずしも容易でないことから,Rollesら7)により考案されたD-キシロース負荷試験1時間後での血中濃度の評価が一般的である.血中濃度による評価法では,負荷前後で20 mg/dL以上(生後6か月未満では15 mg/dL以上)の血中濃度上昇が正常とされる.

・鑑別診断:上部小腸を中心とする小腸粘膜の障害,吸収面積の減少が疑われる全ての疾患で対象となる.


図2

:水素呼気試験(hydrogen breath test:HBT)(図2

 通常,ラクトースなどの糖質は小腸で消化,吸収されるが,糖質の吸収不良があると吸収されなかった糖質はそのまま大腸に到達する.ヒトの大腸内の腸内細菌叢(水素産生菌Clostridium)は,吸収されなかった糖質を用いて発酵することにより水素を産生する.発生した腸内の水素は血液へ吸収され,肺を通って呼気中に排出される.つまり,経口糖負荷試験などで糖質の経口摂取後に採取する呼気中の水素濃度が有意に上昇すれば,その糖質の吸収不良があることが証明される.呼気中水素ガスの測定には,米国Quintron社製Breath Tracker H2®を使用する.

文献

7)Rolls CJ, Nutter S, Kendall MJ, et al.: One-hour blood-xylose screening-test for coeliac disease in infants and young children. Lancet 1973; 2: 1043-1045.