難治性下痢症診断の手引き
-小児難治性下痢症診断アルゴリズムとその解説-

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難治性下痢症診断アルゴリズムの解説

絶食で止まらない水様下痢

 便中に原因となる病原体が検出されず,血便,便潜血がなく,便性が水様を呈する場合で,一定の絶食期間をとっても下痢症状が改善しない場合,以下の病態および疾患が考えられる.

1)病態

 絶食によって便性が改善しない場合には,様々な輸送体の異常による影響で,腸管内への腸液過剰分泌や再吸収障害が起こっている「分泌性下痢」の病態を考慮する.腸管上皮においては,食物の消化・栄養分の吸収・体液バランスの維持のために,様々なイオン輸送体による電解質や水の吸収と分泌が行われている.

① NaK/Cl輸送体:小腸および結腸の陰窩部(底部)に存在し,Cl分泌を中心とする電解質の分泌を担っている.

② Ca2+依存性Clチャネル(CLCA1):結腸(陰窩,杯細胞)の管腔側膜に存在し,Cl分泌を担っている.

③ Na/H輸送体:小腸および結腸の表層(絨毛)部に存在し,Na分泌を中心に担っている.

④ Cl/HCO3輸送体:小腸および結腸の表層(絨毛)部に存在し,Na/H輸送体と共に,Clが細胞内へと輸送されるNaClの共役吸収機構を担っている.

⑤上皮性Naチャネル(ENaC):結腸遠位部の表層上皮の管腔側膜に存在し,荷電性のNaの吸収機構を担っている.このNa吸収は,アルドステロン,グルココルチコイド感受性である.

⑥ Kチャネル:結腸に存在し,起電性K分泌を担っている.このK分泌はアルドステロン感受性である.

⑦ H,K-ATPase:結腸後半部に存在し,プロトンの分泌,Kの再吸収を行っている.アルドステロン等の支配下で協調的に作動し,Kの恒常性維持に寄与している.

⑧ Na/グルコース共輸送体(SGLT1)やNa/アミノ酸共輸送体:小腸の管腔粘膜に存在する.小腸における栄養吸収とともにNaの吸収機構としても重要である.

 水分の吸収に最も関与しているNaは,上記のように様々な輸送体で制御される.これらの輸送体に先天的な異常を伴うと,NaやClが腸管内に分泌され,下痢が引き起こされる.また,これらの輸送体は細胞内の情報伝達物質であるcyclic AMPやcyclic GMPなどのセカンドメッセンジャーで制御されている.vasoactive intestinal polypeptide(VIP)やガストリンなど消化管ホルモンの異常分泌は腸管粘膜を刺激し,これらのセカンドメッセンジャーを増加させる.セカンドメッセンジャーの増加は,輸送体を介してNaやClの腸管内への分泌を促進させ,下痢を引き起こす.これらの病態は経口摂取の影響とは関係なく,水分摂取を制限しても効果なく,下痢は慢性化する.

2)検査法

①便中電解質測定・便浸透圧検査

 便中電解質測定および便浸透圧検査により分泌性下痢か浸透圧性下痢かを鑑別する.輸送体異常では,Naを吸収できず,過剰分泌の状態となっており,便中Na濃度は上昇する.便中Na>70 mEq/Lであれば,分泌性下痢である. また,便浸透圧検査で,便浸透圧ギャップ50 mOsm/L以下,浸透圧260 mOsm/L以上であれば,分泌性下痢を診断できる.これらに加え,便pH 6以上,便量20 mL/kg/day以上,還元糖陰性の所見も分泌性下痢の所見である.
 また,Clの輸送体異常を伴う場合には,Naの輸送体異常と同様の病態で便中Clが上昇する(便中Cl>90 mEq/L).
 便中電解質の測定について:便中電解質は,一般に尿中電解質を測定する機器を使用して測定されるが,提出する検体は残渣を含まない液体でなければならない.前提として,測定の対象は水様便のみであり,有形便や泥状便,脂肪便で測定する意味はない.水様便は残渣のない部分を採って遠心分離し,その上清を採取して提出する.粘液が多く液体として十分量の採取が困難な場合は,等量の蒸留水を加えて十分に混和攪拌した後に遠心分離して上清を回収する.

②遺伝子解析

 輸送体異常に関しては,様々な遺伝子異常との関連が報告されている.先天性クロール下痢症とSLC26A3遺伝子変異2),先天性ナトリウム下痢症とSPINT2遺伝子3)・GUCY2C遺伝子4)・SLC9A3遺伝子変異5,6)が報告されている.

③各種消化管ホルモン測定および血液検査による内分泌疾患の検査

 消化管ホルモンの異常分泌に伴う下痢症が報告されている.輸送体を介した電解質の分泌亢進・腸管運動亢進・吸収障害といった病態があげられる.これらは消化管ホルモンの測定により診断される.難治性下痢を主訴としうる内分泌腫瘍として血管作動性小腸ペプチド(vasoactive intestinal polypeptide:VIP)産生腫瘍,ガストリン産生腫瘍ならびにカルチノイド腫瘍があげられる.いずれも頻度は高くないが,絶食で止まらない水様性下痢が持続する場合は念頭におく必要がある.

3)鑑別疾患

①トランスポーター異常症

・先天性クロール下痢症(congenital chloride diarrhea:CCD)

・先天性ナトリウム下痢症(congenital sodium diarrhea)

②消化管ホルモン産生腫瘍

・VIP産生腫瘍(VIPoma)

・ガストリン産生腫瘍(gastrinoma)

・カルチノイド腫瘍(cartinoid tumor)

③胆汁酸性下痢症

④微絨毛封入体病(microvillus inclusion disease)

文献

2)Mäkelä S, Kere J, Holmberg C, et al.: SLC26A3 mutations in congenital chloride diarrhea. Hum Mutat 2002; 20: 425-438.

3)Heinz-Erian P, Müller T, Krabichler B, et al.: Mutations in SPINT2 cause a syndromic form of congenital sodium diarrhea. Am J Hum Genet 2009; 84: 188-196.

4)Müller T, Rasool I, Heinz-Erian P, et al.: Congenital secretory diarrhoea caused by activating germline mutations in GUCY2C. Gut 2016; 65: 1306-1313.

5)Dimitrov G, Bamberger S, Navard C, et al.: Congenital Sodium Diarrhea by mutation of the SLC9A3 gene. Eur J Med Genet 2019; 62: 103712.

6)Janecke AR, Heinz-Erian P,Yin J, et al.: Reduced sodium/proton exchanger NHE3 activity causes congenital sodium diarrhea.