
1. 小児外科医と自作医療器具
「小児外科医はな、必要な物品は自分で作るんだ」
僕が医者になったのは20数年前。その頃はまた初期臨床研修というものは存在せず、医学部を卒業してからすぐに小児外科医として研修を始めた僕は、九州各地を転々として修業しながら、様々な先生方からこう教わってきました。
成人に使用する医療器具というものは、実にバリエーションが豊かです。導尿カテーテルや胃管といった頻用するものから、手術においてピンポイントで使用する機材まで多く開発が進んでいます。しかしながら、小児の分野は数が少なく、その割に体格が違いすぎることから製品の開発が進まない。特に低出生体重児の赤ちゃんなどでは、未だに普通に使用できる物品がないなんてこともあるのです。
そんな時にどうするか。
他の医療用物品を目的外でそのまま使用(流用)することでなんとかできればまだマシです。似たような医療用物品を切ったりつないだりして作る。それでも無理なら100均で売っている器材をもとに工作して自作する…なんてことが普通にあったのです。今ではできなくなってきましたが(倫理委員会通さないとアウト)。決して好き好んでしていたわけではありません。でも、成人と同じように使える物品が小児ではないので、治療のためにはそうするしかないのです。そうやって、結果的に製品化されたものなども(わずかですが)あります。
治療のために必要なものがないなら自作する。
昔はその行為にカッコいい横文字なんて思いついてはいませんでしたが、今になって思うに、これってイノベーションマインドだと思うのです。
2. 医療に求められるイノベーション
イノベーションという言葉は技術革新のことを指すだけではなく、モノ、仕組み、サービス、組織、ビジネスモデルなど、幅広い領域で新しい価値を生み出し、社会に変革をもたらす取り組みのことをいいます。医療・医学の発展はまさにイノベーションと共にあると言っても過言ではありません。新規治療法、薬剤、手術法。それらを生み出すことで医学は進歩してきたのです。
医療がかなり成熟してきた現代において、革新的とも言える新たな治療法の開発というのは簡単ではありません。でも、まだまだ「え?こんなことで良くなるの?」というような目からウロコのような方法はあると思うし、それは何も高額な薬品、高額な器具に頼ったものばかりではないと思います。
3. 僕が現在進めるイノベーション
僕は小児外科医として臨床・手術も行っており、新規の手術法開発なども行っていますが、その他にVR (Virtual Reality)や医学教育を専門としています。コロナ禍においてVRでOSCEのトレーニングができる世界初のソフト「VR OSCE」を開発して特許を申請中であり、その他にも様々なトレーニングソフト開発を手掛けています。
2023年からは小児がんの子どもたちがプレイするための専用のVRゲームを製作し、デジタルの薬(デジタルメディシン)として治療に活用しようとしている取り組みを始めました。キャラクターとして講談社「はたらく細胞」とコラボさせていただく内諾を得て、記者会見をして大学のHPで寄付を募集し、様々な助成金を含めて1年半かけて目標金額に到達!2025年についに講談社とVR制作会社であるビーライズ社と正式に契約を締結しました。世界初の小児がんの子どもたちのためのVRゲーム、「VRはたらく細胞」と銘打ち、2025年末の完成を目指して頑張っているところです。
プロジェクトを手掛けている途中で、欧米からはパニック障害治療用のVRソフトや、自閉症治療用のVRソフトなどが次々と報告されることになり、“世界初の専用VR治療ゲーム”の座は逃してしまいましたが、日本が世界に誇るキャラクターコンテンツを活かした、小児がんにおける価値ある初の取り組みとなるはずです。
4. 立ち止まるより、やってみよう!
上記のような取り組みは、まさに「誰もやったことがない」プロジェクトであり、様々な部署から「前例がない」「書式がない」「無理」と何度も言われました。しかし、僕はいつも口癖のように「『〇〇だからできない』とか、『△△という規則があるから…』とかいうセリフを聞きたいわけじゃない。『こうすればできる』『ここをクリアすればなんとかなる』というのを聞きたいんだ」と、パワハラ一歩手前(冗談半分ですが)のような言葉を繰り返し、前に推し進めてきました。
そんなある日、僕は自分の出身校である広大附属の先輩である、自称日本初のメンタルトレーナーの高畑好秀氏のお話を拝聴する機会がありました。日本代表競泳陣のメンタルトレーナーを務めたことがあるという高畑さんは、選手を前にして「お前らはイルカより早く泳げるか?」と質問した話をしてくれました。
「いや、無理でしょ。イルカはヒレがあるし…元々水中の生き物だし…」
「じゃあお前は同じようにヒレがある水中の生き物の、金魚に負けるのか?」
「でも、イルカは大きいし…」
「大きい方が勝つなら、チーターよりゾウのほうが速いのか?」
「・・・」
選手たちの答えを、ひたすら論破していく高畑さん。しかしそこで、あの北島康介(絶頂期)だけが「勝ちます。勝つつもりでやります!」と言い切ったとのこと。
さすがに「ええ…?」と引いてしまった高畑さん。
「どうやって勝つんだよ?」と聞いてみると
「ジェットスキーつけてでも勝ちます」
って、泳いでないじゃん!!
思わずツッコミたくなるお話ではあるのですが、ここにとても大事な要素があるとのこと。
前提として「無理だよね」「勝てないよね」と思っている人間は、言い訳探しから始める。でも、「勝とう!」と思って初めて、「どうやって勝とうか」を考え始める。
そうだよね!!
ちょうどその時、「前例がない」「無理」と言われ続けていた僕は、タイムリーにメンタルを整えていただいたのでした。
一度きりの人生、立ち止まってできない理由ばかり探していてはつまらない。まずやってみる。そこからイノベーションは始まりますし、ひいては医学の進歩へとつながっていくのだと信じています。
佐伯 勇 先生の「note」
https://note.com/human_canna4144